親子の関係をスムーズにし、子どもが信じられるママになる! メール講座 - バックナンバー
私、自己肯定感がとてつもなく低いのです。
配信時刻:2023-10-12 23:40:00
- ◯◯◯さん暴言・暴力・無気力に
怯えるママから卒業し
子どもが自分から動き出す
発達科学コミュニケーション
トレーナーの宮田かなこです^^
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お話しします。子育てで必要なもの、育てたいもの、と聞いて◯◯◯さんは何を思い浮かべますか?自己肯定感という人は多いのではないでしょうか?その、自己肯定感がとっても低い
私を端的に表す言葉かもしれません。自己肯定感が低い原因は幼少期の親との関係
私は産みの母を知りません。まだ赤ん坊の私を産みの母は、育てられず、育児放棄のような状態だったそうです。今でいう、ネグレクトですね。実母は私を出産直後に真実を聞かされ、自分が母だと思っていた人は実母ではなかったそう。なぜ、そのタイミングで伝えるんじゃ!(岡山弁)と突っ込みたくなります。産後ブルーという概念もなかったのでしょうか?私でも同じことされたらショックです。ショックのあまり、育児をしなくなった実母を見かねて、父親が仕事の合間におむつを変え、ミルクを飲ませ、熱が出れば一晩中抱いていたそんな話も聞きました。離婚をし、私は祖父母や親戚の人たちにも随分と可愛がってもらいました。やがて、三歳の七五三のときに新しい母がやってきます。私の一番古い記憶です。着物を着せてもらい、嬉しかったんでしょう。また衝撃的だったのでしょう。なんとなくですが、覚えているんです。そして、私が年長の時に、妹が生まれました。そこから私は言葉では表現し難いモヤモヤとした感情を抱くようになっていきました。ジェラシーっていうのかな。やがて、「どうせ私なんて」という感情が湧いてくるようになっていきました。私は、決して言葉には出さないけれど、本当のお母さん、どこにいるの?どうして私を捨てちゃったの?今、ちゃんと生きてるの?などと、ちょっとした辛いことがある度にいつも思うわけです。私は育ての母には甘えた記憶はほとんどありません。文句だけは一人前に言っていましたが、抱っこをしてもらったとか手を繋いだなどのの記憶は
ほぼなく、躾は厳しかったし、素直に甘える妹が羨ましかったし、居心地はよくないし、私は家が好きでは
ありませんでした。
高校を卒業したら
何としても家をでよう。こうして故郷を離れました。子育てがわたしの自己肯定感を下げて行った
私には、現在高2と中3になる息子がいるのですが、こんな生い立ちですので、その反動から、私は、ママになった時には、めいいっぱい子どもを可愛がろうって思いました。ですが、正直、完全同居の子育ては思った以上にしんどかったです。結婚当初から同居なのですが他人軸の私は断れなかったのです。私が嫁いだ時には、お姑さんとその母親(主人の祖母)もいて3世帯同居でした。家に女が3人もいるのはどうも気まずい。常に監視の目を感じるんです。ワンオペの人には申し訳ないけれど正直ワンオペ子育ての人が羨ましかった。やることなすこと全てに口出されることほど
嫌なものはない。そう感じていたのです。でも、私もいつの間にか、子どもに同じことをするようになっていました。息子たちにとっては干渉されまくり、荒れて当然な環境だったわけです。ただでさえ、自己肯定感が低い私は子育てを通して、ますますダダ下がりで、お姑さんから指図、口出しをされればされるほど、どんどん、私は嫌な女になっていったのです。嫁姑問題、夫婦喧嘩を一番感じていたのは子どもたち
子育ては思い通りに
いかないことも多く、そのことで嫁姑の言い合いが耐えなくなり、そのストレスを私は主人にぶつけ、主人は呆れ顔。我が家の大人は
いつも不機嫌でした。でもそれを誰よりも感じとっていたのは
子どもたちでした。子どもはそのことを訴えるかのようにどんどん荒れていきました。特に発達の特性はお姑さんの世代には理解し難いことが多く、怠けている、躾がなっていない、甘やかしすぎている、こんなにいうことをきかない子は見たことがない!出ていけ!と怒鳴られたことは数えきれませんでした。家は心が休まる場所であるはずなのに、私はお家が
好きではありませんでした。やがて、子どもたちが大きくなり、反抗が手に負えなくなり、家庭内暴力、二次障害。家庭では収拾がつかないレベルとなったのでした。私は自分自身を否定し続け、何も考えられなくなっていました。
こんな私が立ち直ったきっかけが発達科学コミュニケーション
でした。とはいえ、私ははじめ、この
発コミュすらも全くうまくいかなかったのです。なぜなら、私は必死に子どもを変えようとしていた
からです。そうじゃない。私が変わるんだ。そのことに気づいたのが、昨日のエピソードにあった長男が私に向けた言葉だったんです。私は発コミュをやり直しました。自分の生き方も見直しました。過干渉を手放し、価値観を押し付けるのをやめ、子どもの言葉に耳を傾けるようになりました。すると、不思議なことに子どもだけでなく夫婦や嫁姑の問題もどんどん和らいでいったのです。
私は決して自己肯定感は高くありませんが、今、このお仕事をするようになってたくさんの方に感謝の言葉をいただけるようになってこんな自分でも大丈夫って思えるようになりました。ようやく私の心は綺麗に浄化されたので、産みの母にも今は、産んでくれてありがとう^^と素直に思えるようになりました。もし、発コミュに出会うことなく、過ごしていたら、きっと私は今でも悲劇のヒロインのままでしょう。過干渉。どこでもよくあることですが、自分の不満や不安からくるこの現状を子どもは違和感と感じ、力いっぱい反抗してきます。どうか、この反抗は子どもからのママ、変わって!のメッセージなんだと受けとり自分自身を見つめる機会を逃さないで欲しいです。▶Copyright©2022-Kanako Miyata. All Rights Reserved.
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