メルマガ『ハッピーな先生のハッピーな教室』 - バックナンバー

心が不感症 No.1662

配信時刻:2020-03-13 06:00:00

人間関係を整える専門家、くれちゃん先生こと くればやしひろあきです。

014.jpg

 

おはようございます、◯◯◯さん。

今日もメルマガをお送りさせていただきますね!

 

① くれちゃん日記

 

昨日はプレシャスでした。

なんか久しぶりに子育ての話をしたなぁ。

 

 

オンラインで子育ての話をしたくなった。

いや、子育てに限らずSTRの話もしたい。

 

 

フェイスブックのライブで話すか。

それともZOOMで話すか、わかんないけど。

なんかやりたいな。

 

 

コロナでさ、どうせイベントとか組みにくいし。

これをある意味チャンスにして、いろいろやれたら面白いかもな。

 

 

 

 


② 今日のケータイ小説

 

【教員向け小説】

ハテンコー先生の「子どもに愛される先生」になるための教員研修

 

第3話「見るということ」

 

小説はこちら
↓ ↓ ↓
https://kakuyomu.jp/works/1177354054894665756/episodes/1177354054894665877

 

 

 

 

【お母さん向け小説】

この子はきっと咲く子だよ
〜 イジワルな天使が教えてくれた魔法のことば 〜

 

第4話『涙のあとには』

小説はこちら
↓ ↓ ↓
https://kakuyomu.jp/works/1177354054894644965/episodes/1177354054894645040

 

 

 

 

 


③ 今日の記事

心が不感症 No.1662

 

 

ある女性は、子どものころを述懐し、次のようなエピソードを語ってくれました。

 

 

スーパーの玩具売り場で、ゴキブリのように床に這いつくばって転がる兄。おもちゃを買ってもらえないことに駄々を捏ねている。その姿を冷静な目で見つめる少女が私。

母が困った顔をしている。途方に暮れている。

彼女は兄を背負い、背中でまだグズグズ言っている兄をおんぶした。

そして、彼女はいい子でなければならないと悟ったと言います。

 

 

「本当は私だって、子どもがやりたかったんだよ。でも、私が子どものままじゃお母さんが困ってしまうから」

 

 

こうして彼女は、子ども時代に「子ども」を十分させてもらえずに大人になりました。

彼女が覚えたのは「我慢」でした。わがままを言う兄を眺めながら、彼女は「我慢」を覚えていったのです。

 

 

我慢はやがて不感症を生み出します。

 「自分がどうしたいのか」

自分の気持ちに蓋をし続けた結果、自分が今何を感じているのか、何をしたいのか、感じる力が失われてしまったのです。

 

 

「我慢」はとても楽な選択です。我慢をしていれば、誰ともぶつかりません。向き合わなくてもいい。そんな選択なのです。

もしあなたが今、「我慢」という選択を選ぶことが多いならば、自分の気持ちに不感症になっているサインかもしれません。

 

 

「何をしたいのか」の代わりに、行動の指針となるのは「何をすべきか」です。

不感症になると、「自分がどうしたいか」よりも「どうすべきか」「どうあるべきか」に基準が移行してしまうのはそのためです。

 

 

僕もそうでした。

「我慢すること」が得意でした。自分さえ我慢すればいい。そうすれば、すべてがうまくいくのですから。

「助けて」「手伝って」が言えないんですね。迷惑をかけちゃいけないって自然と思ってしまう。こんな僕のお願いを聞いてもらうなんて迷惑なんじゃないかって。

 

 

「迷惑をかけちゃいけない」と信じている。

「助けて」「手伝って」と言うと迷惑をかけると信じている。

これもまた、不感症のサインです。

 

 

僕らはこうした信念のもと、がんばり続けてきました。

心の奥底に「がんばらないと愛されない」という恐れが刻まれているのです。

 

 

別の女性を紹介します。

彼女はとても権威ある職業に就き、美人でスタイルもいい。誰もが羨む女性であり、一人の娘を育てるママでもありました。

彼女が涙ながらに言うのです。

「生きることが苦しかった…」と。

 

 

僕は驚く気持ちをぐっと堪え、話に耳を傾けました。

聞けば、彼女は大変厳しいご両親のもとで育ちました。家業を継がねば、と必死になって勉強をしました。「そんなことではダメだ」と厳しく言われ、やがて寝る暇も惜しんで机に向かうようになりました。食事すら喉が通らなくなり、彼女の心は壊れていきました。

 

 

そんな折、彼女は級友からいじめられるようになります。

自宅は立派で、親は名士。そのうえ彼女は容姿端麗。成績も優秀となれば、それはもう羨望か、もしくは嫉妬の対象としかなりません。

笑い方すら忘れてしまった彼女。僕のもとへやってきたとき、第一印象は(美しいけれど、影のある女性だな…)と思いました。

 

 

「かわいい顔してのに、笑わないね」と調子よくからかう僕に、悲しい瞳で「そんなことないです。私、かわいくないです」と言うんです。

受け取り拒否。

 

 

彼女の気持ちに寄り添いながら、少しずつ少しずつ心のリハビリをしていきました。やがて晴れやかに笑う彼女を見たとき、僕は泣きそうになりました。

 

 

もう一人のお母さんをご紹介しますね。

彼女は元保育士でした。今はピアノ教室の先生をしながら子育てサークルを運営しているパワフルなお母さんです。

 

 

 「私は何も選ばせてもらえませんでした」

 

 

幼い日を回想し、そう呟く彼女。その表情には怒りすら滲んでいました。

お受験で私立小学校に入るも、成績はいつも下位をウロウロ。県下有数のお嬢様学校であり、エスカレーター式に中学、高校、やがて大学と進学。一見すれば、順風満帆な進路です。

 

 

しかし、彼女は自分の人生を悲観的に捉えていました。「人生の選択」をさせてもらうことができなかったと言うのです。大学の学科は、狭められた選択肢の中から消去法で、保育の道を選びました。もちろん、嫌々選んだわけではありません。

保育の仕事はそれなりに楽しく、退職した今も「子育てサークル」の運営に生かされています。

 

 

それでも思う。もしかしたら、他の人生もあったかもしれない。もっと豊かな人生か、それとも苦しい人生か。それはわからないけれど。

自分で人生を選択させてもらえなかった彼女は今、自分がどう生きるかと向き合い、自分らしい人生を歩み始めています。

 

 

あるお母さんは、父親からずっと否定されて育ってきたと言います。

「お前の容姿じゃ結婚すらできない」と言われ、成績の良い妹と常に比べられ続けてきました。

否定されて育ち、親が敷いたレールの上を真面目に生きてきたお母さんたち。我慢に我慢を重ね、自分の気持ちに不感症になってしまう。

 

 

そんな彼女たちの口癖が

「どうせ私なんて」

でした。

 

 


◯◯◯さん、今日のメールマガジンはいかがでしたか?

感想などは返信メールでよろしくお願いします。

 

btn_line.png

↑クリックしてね!

 

LINEでも繋がっていただけるとうれしいです。


子どものタイプ診断はこちら

グレー、夏・子ども、楽しい思い出、Facebook投稿-2.jpg

↑画像をクリックしてね

 

 


Amazonにて好評発売中!

くればやしひろあき著
『自走する組織の作り方 統率力不要のリーダー論
 (青山ライフ出版)

書籍販売はこちら

IMG_8859.JPG

 

 

くればやしひろあき著
『どうしたら運のいい人になれますか?』
 (ミナクル組織研究所 出版部)

電子書籍はこちら

電子書籍『どうしたら「運のいい人」になれますか?』出稿表紙.jpeg


毎月27日は学校の先生向けオンライン勉強会

1139599.png

学校や幼稚園の先生、保育士さんがご自由にご参加いただけます。

 

https://www.facebook.com/groups/rashikusaku.educationstudygroup

 


Youtube動画2643892.png↑クリックしてね

 

 

Twitter

Twitter.jpg

↑クリックしてね

 

 

TikTok

スクリーンショット 2022-06-29 13.28.50.png↑クリックしてね

 

 

Voicy

スクリーンショット 2022-06-29 13.21.46.png
↑クリックしてね


 

【作者プロフィール】

 くればやし ひろあき

033.jpg

 

 

1978年8月12日生まれ 愛知県名古屋市出身 愛知県刈谷市在住
妻と3人の子ども(高2、中3、小4)の5人家族

大学卒業と同時に名古屋市立の中学校の先生になりました。
小中高とサッカーに明け暮れていましたので、サッカー部の先生がやりたくて、学校の先生になったようなものでした。

ちなみに、名古屋グランパスを応援しています。

 

 

初任校の先生としては、あまり例がないそうですが、中学夜間学級の講師もさせていただきました。
教職員組合の支部の青年部長をさせていただいたり、全国の教育研究発表の場で研究を発表させていただくなど、わりと順風満帆な教員生活でした。

2007年、最初の人事異動で当時市内で最も荒れた中学校に赴任しました。ひょんなことから、そんな学校の生徒指導主事に選ばれて奔走することに。

生徒指導主事を2年、進路指導主事を1年務めました。

 

 

その成果が認められ、2012年文部科学省から派遣されて上海日本人学校浦東校に赴任。当時児童生徒数が世界最大の日本人学校で、またも生徒指導部長を2年間務めました。

 

上海で様々な起業家にお会いし、起業の意思を固め2015年に帰国。名古屋で唯一の小中一貫校である名古屋市立の中学校に異動。学年主任、進路指導主事を兼務する多忙な中、ブログとメールマガジンの執筆をスタートします。 

 

2017年退職して独立。ママコミュニティーの運営やイベントの主催、全国にて子育て講座や講演活動を始めました。

 

「9月1日は子どもたちが最も自ら命を絶つ日」ということを知り、子どもたちに命の大切さを啓蒙する映画上映会を企画。クラウドファンディングで100人の支援者から80万円を資金調達し、 愛知県内8会場で映画上映会を主催。のべ1000人を動員しました。

 

その成果が認められ、市民代表として刈谷市自殺対策推進委員を市より委嘱されました。

 

 

2018年からは「児童虐待」にスポットを当て、「虐待してしまうママを責めるのではなく、そんなママに手を差し伸べることこそが、子どもの命を守ることにつながる」と考え、 『子育て万博 2018』『子育て万博 2019』(愛知県安城市)を主催。100人以上のスタッフとともにイベントを開催して300人以上を動員しました。

 

「教室をあたたかく」をテーマに、学校の先生10数人と書家15人とともに『子どもとつながるしつもんカレンダー』を製作・販売。また『子育て万博』のテーマソングをシンガーソングライターの岡谷柚奈さんに依頼し『ありがとう』のCD製作・販売。

 

コロナ禍で講演会の依頼がピタリと止んだのを機に、TikTok配信をスタート。教育系TikToker『くれちゃん先生』として毎日動画配信。フォロワー数は11万人、トータルいいね数430万回。

 

2020年11月に株式会社ミナクル組織研究所として法人化。

 

経済産業省の事業再構築事業として、人事支援アプリ『CrewDocks®』を開発。初めての著書『自走する組織の作り方 統率力不要のリーダー論』(青山ライフ出版)を2022年7月に出版。

バックナンバー一覧

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10  Next >> {143}