親子の関係をスムーズにし、子どもが信じられるママになる! メール講座 - バックナンバー
私の本当の問題、劣等コンプレックス
配信時刻:2023-05-09 00:20:00
- ◯◯◯さん暴言・暴力・無気力に
怯えるママから卒業し
子どもが自分から動き出す
発達科学コミュニケーション
トレーナーの宮田かなこです^^
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☆*★*☆*★*☆*★*☆私が発コミュトレーナーになって成し遂げたいこと。暴力や癇癪で暴れる我が子に怯えるお母さんを笑顔にしたい。不平不満で膨れっ面の子どもを笑顔にしたい。そして親子の生きづらさの連鎖をストップしたいのです。私は発コミュを学び、子どもへの対応の仕方がこれまで自分がしていたことと真逆だったことを知りました。必死になって取り組みました。だけど、それだけでは、うまくいかないことに気づき、自分の抱えていた本当の問題に目を逸らさずに見つめたことでようやく自分自身の人生を生きる覚悟ができました。すると、いつの間にか子どもの問題が問題ではなくなりました。私の本当の問題とはなんだったのでしょうか?私の本当の問題、劣等コンプレックス
私は劣等コンプレックスをずっと抱えて生きてきました。実は、私は自分の生みの母親を知りません。私が生まれた直後、実の母親も、本当の母親に育てられたわけではなかったことを知り、ショックで今でいう、ネグレクト育児放棄のような状態になったそうです。父親は仕事の合間に数時間おきに私のオムツを変え、ミルクを与え、熱が出た時は一晩中抱っこをし、育ててくれました。
そして、離婚を決意したそうです。そうして3年後父親は再婚をしました。この事実をはっきりと確認をしたのは反抗期の真っ只中、私が小学校6年生の夏のこと。育ての母親との口喧嘩の最中でした。「どうせ、私はこの家の子でないんでしょ?」どういう経緯でそのような言葉が出たのかはっきりとは覚えていませんが、自分が言ったこの言葉だけは今でも忘れることができません。その瞬間、育ての母親はついにその時が来たか。と思ったそうです。ここで、私は育ての母からはじめて、私の生い立ちの話を聞かせてもらいました。だけど、私は幼少の3歳からこの事実を薄々気づいており、小6の夏までずっと誰にも言えずに、言ってはいけないことのように思い、ひた隠して過ごしていたのです。どうして知っていたかというと、3歳の時の七五三の時の記憶をはっきりと覚えていたからでした。私の一番古い記憶です。新しいお母さんがやってきて綺麗な着物を着せてもらって一緒にお参りをして、嬉しかった記憶が微かにあります。あとは新しいお母さんとお父さん(実の父親)の結婚式。これも私が3歳の時の出来事です。その事実について触れる人は家族も親戚も誰一人おらず、何事もなかったかのようにみんな普通に接してくれました。6歳下の妹もこの事実を知ったのは私が結婚するときでした。その話題はそのとき以来ありません。そのくらい、血の繋がりって何?我が家ではそんなものは関係ないものとして扱われていましたが私一人だけずっとコンプレックスだったのです。私は周囲の大人に随分と可愛がってもらいました。いっぱい抱きしめてくれたおじさん。いっぱい可愛がってくれたおばさん。いっぱい美味しいものを食べさせてくれたおばあちゃん。いっぱい昔話を聞かせてくれたおじいちゃん。だけど、いちばん甘えたかった両親の温もりというのは私はあまり感じ取ることはありませんでした。子どもながらに、薄々知っていた本当のお母さんじゃないなんてことは誰にも口が裂けても言えなくて、言ってはいけない気がして甘えることを遠慮していたのです。
時々ふっと感じる辛いとき、苦しいとき、誰かに甘えたいとき、どうして私には本当のお母さんがいないのだろう?どこで何をしているのかな?私のこと、忘れたのかな?とこっそり、一人で涙を流したことは数えきれませんでした。目の前にいるお母さんには素直に甘えられなくて困った時に助けて!が素直に言えない。いつも強がってばかりの可愛げのない子どもでした。無邪気に母親に甘える妹を見て私はいつも妹にやきもちを焼いていました。どことなく居心地の悪い、疲れるおうち。なんだか、つまらない。私はおうちが大嫌いでした。さらにおうちが嫌いになった理由がありました。愚痴の聞き役になって疲れた私
私は、育ての母親から自分の生い立ちを聞いた頃を境に育ての母親との関係性が少し変わりました。いつの間にか私は父親の悪口を聞かされる役になっていました。ご飯の用意をしながら横でずーっと聞かされていたのでした。我が家は自営業で喫茶店を営んでいたため、父親も母親もほぼ一緒の生活。朝から晩まで働く両親は70代後半になった今でも店を営業していますが、ずっと一緒にいるので愚痴もあって当然だとは思います。休みなく働き続け何一つ楽しいことがなさそうな母親。ですが、子どもだった当時の私にとって父親の愚痴を聞かされてもどっちの味方をして良いのかもわからず、でも、聴いてあげないとかわいそうだな。母の愚痴を聞くことを断りきれなかった私。だけどいつこの話から抜け出そうか、そんなことばかりを考えていた娘時代。ただただ聞き役に徹していた私はおうちは疲れる場所でした。本来、お家は外で疲れた心を癒す、パワーチャージハウスであるべきところですが、私はこのお家では心から癒されることはありませんでした。高校卒業と同時に私は家から離れた場所へ進学をし、自立をしたいと思いました。決して育ての母親も私を苦しめようと思って愚痴を吐いていたわけではありません。ですが、今大人になってわかるのが、母にとって、吐き出す場所が娘しかいなかったという現実。愚痴の聞き役はアダルトチルドレンになりやすいのです。親の顔色を伺っていい子のふりをし続けた代償は生きづらさを抱えることになるのです。あなたはいい子症候群ではありませんか?
あなたは、子ども時代に周囲の大人がどんな自分を求めているのか考えて、親の言いなりになったり、顔色を伺って行動し、「いい子」を演じていませんでしたか?いい子症候群の人は、「〜べき」「〜ねばならない」という世間や常識などを基準にし、規範的な価値観を強く持つ傾向があります。原因としては親から、価値観を押し付けられたり、親から、期待をされすぎたり、子どもに意見を言わせないなどがあります。一般的に「いい子症候群」だと反抗期がないと言われています。一見よさそうに思われますが、その分、大人になってからストレスが爆発し、問題を起こしたり、その影響は大きいです。「いい子症候群」の人は自己肯定感が低い傾向があります。生きづらさにつながり、それが次の世代に無意識に連鎖されていくのです。このことに気づくことが子どもの問題行動に振り回されている大人たちに必要なことかもしれません。いつも感じることですが、個別相談へくる方々、受講生さん、ほとんどの方が真面目な方、子ども思いの方ばかりです。◯◯◯さんは、いい子症候群ではありませんか?▶Copyright©2022-Kanako Miyata. All Rights Reserved.
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