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【日本人必読】日本の魂の本質とは

配信時刻:2021-02-10 07:00:00

三年前、台湾で出会った郭さん。

 

 

御年85を超え、なお矍鑠とされて

私たちに、日本人としての精神を

日本語で伝えて下さいました。

 

 

そう、かつて台湾は日本と共に

歩んだ歴史があります。

 

 

しかし戦後日本の統治が終わり、

その代わりに蒋介石の国民党軍が

大陸からなだれ込んできます。

 

 

そして、

残酷な殺戮が始まります。

 

 

郭さんは収容所で24年間、

聞くだけで身の毛がよだつような

度重なる拷問を受けながら、

地獄のような日々を

生き抜かれました。

 

 

その郭さんの

心の中心にあったのは、

日本の「武士道」だと

話して下さいました。

 

 

以下、『葉隠』で語られた

武士道の本質について、

青山繫晴さんの著書より

引用させて頂きます。


_____________

 

武士道といふは

死ぬことと見つけたり。

 

 

この部分を戦前の日本の軍部は

教科書にして小学生に配り、

戦場で死ぬことを

理想とするよう求めました。

 

 

しかし葉隠の真意は違います。

 

 

ここには重大な言葉が

省かれているのです。

 

 

「死ぬこと」の前に、

「誰のために」が

省かれています。

 

 

侍の本来の世界では、

ここに

「君主のために」が

必ず入っていなければなりません。

 

 

すなわち

「君主のために死ぬこと」が

武士道のはずなのです。

 

 

ところが葉隠はあえて、

それを入れなかった。

 


なぜか。

 

 

「君主でなくてもいい。

 自分以外の他の誰かのために

 死ぬことが、武士道だ」

 

という考えがあったからです。

 

 

この一節は、

死ぬことを語っているのではなく、

 


「生きよ。

 人のために生きよ」

 

と言っているのです。

 

 

「もしも自分のことばかり

 考えて生きていれば、

 どれほどうまくやっても、

 あるいは栄達しても、

 やがて必ず死ぬのだから

 人生はつまらない、空しい。

 

 しかし、自分以外の

 人のために生きるのなら、

 命が次に繋がっていくのだから、

 空しくない。

 

 生きよ、

 人のために生きよ」。

 

 

それが日本の武士道の

本当の根幹精神です。

 


青山 繁晴 著
ぼくらの哲学

 

_____________

 

ご自身が壮絶な拷問を受けた

収容所を案内して下さりながら、

郭さんはこうおっしゃいました。

 

 

『なぜ私が24年間の

 地獄の日々を生きて来れたのか…

 私が日本人だからです。

 それが武士道だからです。

 武士道とは死ぬことと見つけたり、

 という言葉があります。

 これは、死を軽んじているように

 捉えられることがありますが、

 そうではない。

 真の武士道とは、

 死ぬべきもの、

 守るべきもののために

 潔く命を捧げられることです。

 私は24年間、

 今日はまだ自分が

 死ぬべき日ではない、

 それだけを支えに

 生き抜いて参りました』

 

 

私たち日本人全員が、

心の目を開かれた瞬間でした。

 

 

一昨年の春、連絡が入り、

郭さんがお役目を終えて

天に帰られたと連絡がありました。

 

 

最後に固く握手を交わしながら、

 

『日本のこと…頼みましたよ』

 

と言って下さった、

その深い光に満ちた優しい瞳を、

生涯忘れ得ぬ、

私の心の支えです。

 

 

今日も先人たちに応援されている、

私たちの命。

 

 

先人が託して下さった未来のため、

今日は何を為すべきか。

 

 

大切な◯◯◯さん、

幸せを祈っています。

いってらっしゃいませ。