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俺が本物を目指さないといけない理由。 #本日は6045文字でお送りします #今日は暴れん坊でリミッター無しで好き勝手書いています #俺本書けるんとちゃうんかなって勘違いするほどメッチャ今日は書きたい気分

配信時刻:2025-03-07 22:00:00

どうも!
「ポリコレ」と聞くと
いつもどうしても
パリコレのランウェイしか
頭に思い浮かばなくて
華やかなステージの雰囲気で
おめでたくなってしまう@モリシです。
#ポリティカルコレクトネスらしい
#要は過剰忖度ってことかな
#窮屈ですよね
#僕は平等より公平派です
#ポリコレの先には
#頑張ったものは報われてはいけない
#社会主義的な思想に落ち着かないのかな
#頑張ったら報われたいよな
#ポリコレの発祥は1917年のロシア革命後のマルクス主義において、共産党の政策を守ることを表す用語として使われたのが始まりとされるらしいし
#優しさや尊重があればポリコレは叫ばなくても
#自ずと達成されるものじゃないのかな
#相手の関心に関心を持つ
#心の矢印を相手に向ける
#全部
#鴨さんが
#話し方の学校で
#教えてくださってることです
#現に
#話し方の学校は
#みんなを尊重し合う
#素晴らしいコミュニティーだと
#少なくとも
#僕はそう思います

はい!今日も、ハッシュタグがかさんでしまい
思いつくままに書きながら
これを本編にしたらよかったと
後悔しているわけですが、

ここからが本編。

実は今、僕は、2021年に前職の工場の
会社員を辞めてから、
デザインの仕事をしていた26歳に年齢を巻き戻して
続きとして人生やりなおしているのです。
#今年で30歳です
#今の実年齢は45歳なので
#15年暗黒期間がありました

人間は誰かのせいにしてしまうと、
腐っていってしまう生き物ですので、
暗黒時代は全てが自分のせいでありまして、

その暗黒時代についての記述は
今日はしませんが、

その暗黒時代から復帰してなお、
今、新しく改めて時間をまきもどして
30歳として新たに発展したい!!って
思えるかって考えると、

僕は今まで、
「本物ではなかった」ってことに
帰結すると
今まで考えていた思考に行き着いたのです。



遡ること小学生時代。

小学生5、6年生の時の担任が
ジェームズ・ディーンみたいな風貌で、
職員室でいつもタバコ吸ってる、スカした感じの
若いイケメンの本庄先生という先生で、

実は
その本庄先生はめちゃくちゃ美術推進派で、

いや…

過激派でした。美術過激派。

国語、算数、理科、社会、みたいな
主要科目の授業は、学期の前半に、
もう、ガンガン超スピードで進めて、

野菜をビニール袋に詰め込んで
入ったぶんだけ一律同じ値段になるので
入れられれば入れられるほど
ガンガン詰め込んでいくような様相で
ギュウギュウに詰め込んでいくかの如く、

学期の早めの段階で全部のカリキュラムを
終了して、早々に切り上げます。

そして、学期の後半。

もう主要科目は全部完了しているので、

1時間目から4時間目まで、
ぶっ続けで、午前中丸々、
図工の時間だったりしました。

図画工作で、図工という名目ではありましたが
実質美術の授業で、

学期の後半には、
朝に登校して、ずっと
ひたすら、絵を描くっていう日も
珍しくなかったのです。

もちろん、保護者の評判は
あまりよろしくはなかったみたいですがw

なんだか
ジェームズ・ディーンみたいな
アメリカンロカビリー命みたいな
見た目の本庄先生の中身は
めっちゃ、
美術に関するポリシーがすごくてですね。

クラスのみんながほぼ美術専攻みたいな
小学生になってて、
#おかしい

全員がとっくに学期の前半にやっつけられた
国語、算数、理科、社会なんか
もうとっくに忘れ去って
毎日軟禁状態で絵を描かされています。
#授業です

半狂乱で没頭して仕上げた作品を、
本庄先生は、コンクールみたいなのに
出品するわけです。

そんな中、僕はなんと、小学校5年生の時に
出品された絵が、
「美術館館長賞」という賞に輝いて、
表彰されたことがあったのです!!!

誉れこそは自惚れになり、

小学生心に、
自分には才能があると思ったわけです。

そこから、

中学生になってからは、
学年で唯一人、美術の筆記試験で
100点満点を取ったり、

高校生になってからは、
学園祭の演劇のポスターを描いて、
10クラスの中で投票かなんかで、
1番に選ばれたり、

美術の授業で描いた作品を美術の先生が
コンクールみたいなのに出展してくれて、
見事、京都市長賞っていう賞を貰ったり。

おれ、めっちゃデザイン、美術には特性があって

自分の才能はこれだよなと思ってた。

しかし!!!!

まあ理由は色々ありますが、
#全部自分のせい

美大は全落ちで、

大学には進学せずに、
デザインの専門学校にも、
あと入学金を払えば入学できたのに、
家にも自分にも
金が無いから断念して、

いわゆるフリーターとなって、
時給が良い夜中に
「なか卯」でアルバイトしながら

好き勝手、やりたいことをやりたいように
思う存分やってみよう!!!と、

京都市が主催する、アマチュアバンドの
コンクールのボランティアスタッフをやったり

大阪の東俳っていう大手の劇団に
入ってみて、レッスン受けて舞台に
立ってみたり、

弾き語りを毎週京都の繁華街でやったり、

楽器屋さんで働いたり。

ちょっと興味が出たら
色んなことをやってみましたが、

やっぱり、行く先々で感じたのは、

「俺は本物じゃない」という感覚だったのです。

「LIVEKIDS(ライブキッズ)」という
その京都市が主催する
アマチュアバンドのボランティアスタッフには、
いわゆる「関関同立」と言われる、
関西の難関私立大学の大学生だったり、
京都大学の京大生とかも集まってきて
同じスタッフをしていて、

高卒の僕は
なんともなんとも。自分は勢いだけの
偽物感を感じざるを得なかったのです。

ミーティングしてても、やっぱり
そんな賢い大学生は
わかるもんなんです。
やっぱり賢い。

まあそれでも僕は、今と同じで、
つぎ込む情熱と時間は誰にも負けないと、

「ヘッドチーフ」という、
全体を統括するリーダーの役割を
勢いだけで立候補して引き受けて
やり遂げてましたが。

また、

大阪の劇団では、本気で芸能人になることを
目指して、演技のレッスンを受けて
素晴らしい舞台の演技をされている人ばかり。
まあ、
僕は興味本位の勢いで入っただけで
「やっぱり凄いよなあ」ぐらいの感覚で、

ここでも、僕は、自分に
偽物感を感じていたのです。

そして、

楽器屋のスタッフ時代なんかは
特にそうでした。

その楽器屋さんは、
「JEUGIA(ジュージヤ)」という、京都では
老舗の楽器屋さんで、関西各地に何十店舗も
展開されている比較的大きな会社でして、

僕はその、三条本店という、
ビル1棟がすべてJEUGIAという
京都の新京極という
京都市の中心のアーケード商店街にある本店。

2000年代には、
アニメの「けいおん」の舞台にもなった
超本場の楽器売場で、
アコースティックギターを仕入れ販売する
担当になっていました。

もちろん!!僕は、
子供の頃から楽器をしていたわけではなく、
これも
ただの勢いとノリで、グイグイ入り込んで、
ギターの小物の担当者から成り上がって
ギター本体の仕入れ担当にまでなったのは
なったのですが、

やっぱり周りのスタッフは、本格的な本物の
人たちばかり。

上司も先輩も
もう何十年もアマチュアではあるけども
ずっと各地のライブハウスでLIVEを
やりまくってるバンドマンの人とか

同世代のスタッフも
ちゃんとしたスクールでギターの講師を
しながら、楽器売るのも好きなので、
販売もしている人とか、

音楽に対して本気で本物の人ばかりだったんです。

ここでも僕の自分の評価は
なんちゃっての偽物です。

所詮は、いい感じに
適当に、町中で「LIVEKIDS」のスタッフで出会った
小学校の先生の井上さんと二人で、
別に誰に聴いてもらうわけでもなく、
楽しいから、「モンキーパトロール」といいう
ユニット名でも付けて、
好き勝手に好きな曲を弾き語りするぐらいで
ギターもコードぐらいしか弾けない自分。

自分なんか中途半端な偽物でしかないなあと。

偽物感を感じながら、スタッフをしていました。

で!!!!!!

そんなこんなで、
「自分はどこに行っても所詮は偽物だよな。」っていう
劣等感を持ちつつも、

ふと、気付いた事がありました。

それが、

どこに居て、どの立場でも必ず「デザイン」は
誰にも負けずにこだわってガンガンやっていた。

ボランティアスタッフの
「LIVEKIDS」では、
主で進めるべきリーダー的なポジションを
自分からやりながらも、
全体の統括とかよりも、
出演者募集のチラシのデザインとか、
集客のポスターのデザインとか、
コンテストの会場で配られる
パンフレットの中の、
会場の周辺地図のデザインとか。

まずは望まれてないのにガンガン100案とか
出して、ちょっと、事務局に引かれたりしていたり、

まあ、劇団の方は特にそういう活躍の場はないので
なにもなかったけど、

JEUGIAの販売現場の売り場では、
当時はiMacが店舗に一台だけあって、

楽器の接客なんかそっちのけで、
売り場のPOPのデザインとか、
イベントの告知チラシのデザインとか
あまりにも勤務時間に
やりすぎて、PCを占領し続けるものだから、
店長とかに怒られたりして。
それでもやってたり。

どう考えても

ジェームズ・ディーン本庄先生に
幼き日に洗脳されて刷り込まれた
デザインに対する情熱が
隠しきれていないことに気づいたわけです。


そこで、きっぱりと、楽器屋さんを辞めて、

アルバイト情報誌で見つけた、
デザイン会社で働くことにしました。

そこは、京都中のパチンコ屋さんを
営業の方が廻られて、どんどん
新台入れ替えのポスターやら、ハガキのダイレクトメールや
店内の装飾品や、ノボリや、景品のお菓子のパッケージやら
ありとあらゆる、グラフィックデザインの
仕事を受注してきて、

デザイナーは、Macで朝から終電まで、ひたすらひたすら
デザインをこなして、仕上げていく!という
仕事でした。
ほどなく、僕はアルバイトから、正社員にしていただけ
ました。

当時は2000年代。
パチンコ業界は大盛りあがりで、
勤務にしても、
なにやら、「みなし残業」ッて感じで、
あくまで、定時は
朝9:30〜18:30とかでしたが、

18:30〜20:00までの残業は、
なんと!給料に含まれているので、残業代は出ない!
みたいなノリでした。

当然18:30に帰るとか
狂気の沙汰で、
毎日当然20:00までは必須で残っていて、

なんなら、20:00何かで帰るのも
「アタオカ」認定されるような様相を呈していました。

なので、

僕は毎日朝から、終電ギリギリの23:00とか0:00近くまで
残ることなんて当然と思いながら
Macと向き合っていたわけですが、

その時!!!!

やっと、自分は今の仕事こそは本物になれる仕事かもしれない!
と思って充実感を感じてもいたんです!!

いい線いってた!!!!!

しかし、やっぱり、先輩なんかは、ちゃんと、
芸術系の大学とか専門学校を卒業されている人も多く

そういった意味で、
いくら小学生の時に、ジェームズ・ディーン本庄から
洗脳と改造手術を受けたからといって、

学問としての支え、土台が構築されていない分
劣っているような気はしていました。

そこから
ある事情で
人生は一変して、
#もう書いてたら
#一冊の本になるから省略しますが
#結婚に大失敗した
#浮気とかそういううわついたものではない

ただただ、お金の為だけで、
給料が低い、好きなデザインの仕事が
出来なくなって、
派遣社員の夜中も厭わない3交代勤務っていう
一番金にはなるが、やりがいもクソも見いだせない
仕事をやらざるを得なくなり、

自分の人生から考えると突拍子もない
精密硝子加工工場で働く事になりました。

そこからがいわゆる「暗黒時代」です。
#正確にはデザインの仕事してた時でも
#結婚した26歳からが暗黒時代と定義しますが
#とりあえず分かりやすいように工場勤務からを暗黒時代とする

そこではまずは金だ!!ということで
ガンガンやってましたら、
クビにもならず
リーマンショックも乗り越えられて
正社員にしてもらい、
現場リーダーになりました。

でも!!!!!

でもですよ。

その工場のPCなんて、
デザインとは何の関係もない
事務的な、Windowsの低スペックPCしか無いのに
僕は、
そのPCに入っているエクセルの
図形モードを使って、無理やりデザインして、
社内、工場内の安全の為の
掲示物を自分からガンガン仕事の隙間時間で
作っては、社長とか、上司に提案して、
社長も気に入ってくださって、

ただ一人の、社内掲示物デサイン作成担当者というような
ポジションを作ってガンガン掲示物を
作っていました。

そのころから、

やっぱり、どんな良いデザインをしても、
決してこの小さい工場の外に自分のデザインは出ることが
無いんだっていう現実をひしひしと感じて、

この才能をこの工場内で良いように使われるだけで
終わるなんて、人類の進歩にたいしての
損失でしか無いって本気で思うようになっていて、

なんとか!!!
デザインで仕事がしたい!!ってなんか副業でもなんでもいいから
突破口は無いものかってもがいてあがいていたころ


YouTubeに出てきたのが鴨さんでした。


そこからはまたまた長い話になるので
割愛します。
#マジで本になるよなあ
#原稿書いて鴨ブックスに提案してみようかしら

そんなこんなを経て、

今は鴨さんに信頼していただきながら、
自分が小学生の頃から洗脳されて
改造手術を受けた
デザイン特性を活かせるような仕事で
毎日過ごさせていただけております♪


そこから、やっと、今日のコアの部分ですが、

結論は、
「偽物も本物も無い」

ってことにはなります。

そうなんですが、

ただ一つ!!!!!!!!!!

やっぱり、

19歳の頃から感じていた
「自分は偽物だよな」っていう
後ろめたいような気持ち。

これはまだ自分の中にあるのです。

それは

ちゃんと

学問として、デザインとか
動画のセオリーを学べていないということ。

これを
俺は解消したい!!!!!!!!

だから
今から
京都芸術大学、通信学科に
に入学して卒業したい。

しっかりと
学問としての歴史というか
習得した知恵と知識を統括して
仕事を残したい!!!!!!!


なので諦めません!!

まずは金!

お金を儲けて稼ぐことからになる。

先に出そうにも

無い袖は触れませんので。

どうしても先に入れないと
出せるものがない。
#食べないことにはウンコは出ない


これからなんですよ!!!!!!!!!!!

これからが、

「偽物」が世界に認められる
本物になる人生が始まるのです。

だから!!!!!!!!!!!

兎に角金です。

金。

成金になりたい。

お金を大きく回せるようになって、
まだまだ
バンドもしないといけなくなるでしょうし、
本も出版しないといけないでしょうし、
どんどん、成功後の発展なんて
まだまだあるわけですし。

まずは、

26歳の頃の自分が、
「本物だわ」と思える
そんな自分を確立することが
先決なのです。

世界一の天才グラフィックデザイナー@モリシでした。

ありがとうございます!
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::::::::::モリシ プロフィール::::::::::

鴨頭嘉人メイン、サブ、shortsチャンネル。蝶と結婚した男!林太郎物語りを作成管理するクリエイター。鴨頭嘉人とチョウタロウを世に広めることで自由で良い世界を広める世界一の天才グラフィックデザイナーです。

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