津田紘彰の【ひろメ~ル ‐心に小さな火を灯す‐ 】 - バックナンバー

自分に価値はない、と思う瞬間がある人に読んで欲しい。

配信時刻:2021-07-07 07:00:00

大切な◯◯◯さん、

おはようございます(^^♪

 

 

 

 

日曜日からずっと都内におり、

今日は丸一日池袋で学んでから

夜名古屋に戻ります。

 

 

 

 

昨日は他の仕事の合間に

一日3件コーチング、

カウンセリングのセッション

(対話での問題解決)

をさせて頂いて、

 

 

 

お子さんの引きこもり問題、

配偶者の鬱の問題など、

様々な苦難やご苦労に

向き合わせて頂く

日でもありました。

 

 

 

どんな問題でも

必ず突破口がある。

明けない夜は無い。

 

 

 

 

頑張っていない人など

誰もいないし、

私のメルマガを読んで下さったり、

私のところにわざわざ

足を運んで下さる皆様は、

誰よりも一生懸命

生きていらっしゃる方だと

思っています。

 

 

 

昨日持ち込まれた問題にも

突破口が見つかって

皆様笑顔で帰られ、

ご無事を祈るばかりでした。

 

 

 

今日は、

私の大切な方にご紹介頂いた、

下記のエピソードを転載します。

 

 

本編の前に、一つだけ、

【大切な】お知らせです(^^♪

 

……………………………☆★…
▼  ▼  ▼  ▼

【本で人生は変わる】

 

日本一安くて、日本一速く読める。

 

『出版日本一になって日本を復活させる!』と心に決めた私が心から伝えたい、速読法であり知力・徳力・人間力を磨き人生をひらく読書術!
ぜひご参加下さい♪

 

《サムライ読書道体験会》

7月30日(金)21:00~

 

(※お申込みはこちら→)

https://www.reservestock.jp/page/event_series/OWEwNjU2YzM3Y

……………………………☆★…
▼  ▼  ▼  ▼

 

俺には母がいない。

 

 

 

俺を産んですぐ事故で

死んでしまったらしい。

 

 

 

産まれた時から

耳が聞こえなかった俺は

物心ついたときには

もうすでに

簡単な手話を使っていた。

 

 

 


耳が聞こえないことで俺は

ずいぶん苦労した。

 

 

 


普通の学校には行けず

障害者用の学校で

学童期を過ごしたわけだが

片親だったこともあってか

近所の子どもに

ばかにされた。

 

 

 


耳が聞こえないから

何を言われたか

覚えていない
(というか知らない)が

あの見下すような

馬鹿にしたような

顔は今も忘れられない。

 

 

 


その時は、自分が

なぜこんな目に

あうのかわからなかったが

やがて障害者である

ということが

その理由だとわかると

俺は塞ぎ込み

思春期の多くを

家の中で過ごした。

 

 

 


自分に何の非もなく

不幸な目にあうのが悔しくて

仕方がなかった。

 

 

 


だから俺は父親を憎んだ。

 

 

 


そして

死んだ母親すら憎んだ。

 

 

 


なぜこんな身体に産んだのか。

 

 

 


なぜ普通の人生を

俺にくれなかったのか。

 

 

 


手話では到底

表しきれない想いを

暴力に変えて叫んだ。

 

 

 


ときおり爆発する

俺の気持ちを前に

父は抵抗せず、

ただただ、涙を流し

「すまない」と

手話で言い続けていた。

 

 

 


そのときの俺は

何もやる気がおきず

荒れた生活を

していたと思う。

 

 

 


そんな生活の中で

唯一の理解者が

俺の主治医だった。

 

 

 


俺が産まれた後

耳が聞こえないと

わかったときから

ずっと診てくれた先生だ。

 

 

 


俺にとっては

もう一人の親だった。

 

 

 


何度も

悩み相談にのってくれた。

 

 

 


俺の父親を

傷つけてしまった時も

優しい目で何も言わず

聞いてくれた。

 

 

 


仕方がないときも

そういうときもあるとも

そんなことをしては

駄目だとも言わず

とがめる事も

慰める事もせずに

聞いてくれる先生が

大好きだった。

 

 

 


そんなある日。

 

 

 


どうしようもなく

傷つく事があって

泣いても泣ききれない

悔しくてどうしようもない

出来事があった。

 

 

 


内容は書けないが

俺はまた先生のところに
行って相談した。

 

 

 


長い愚痴のような

相談の途中

たぶん

 

「死にたい」

 

という事を

手話で表したときだと思う。

 

 

 


先生は急に怒り出し

俺の頬をおもいっきり殴った。

 

 

 


俺はビックリしたが

先生の方を向くと

さらに驚いた。

 

 

 


先生は泣いていた。

 

 

 


そして、俺を殴った

その震える手で

静かに話し始めた。

 

 

 


ある日、俺の父が

赤ん坊を抱えて

先生の所へやってきたこと。

 

 

 


検査結果は最悪で、

俺の耳が一生

聞こえないだろう事を

父親に伝えたこと。

俺の父親がすごい剣幕で

どうにかならないかと

詰め寄ってきたこと。

 

 

 


そして、次の言葉は

俺に衝撃を与えた。

 

 

 


「君は、

 不思議に思わなかったのかい。

 君が物心ついたときには

 もう手話を使えていた事を」

 

 

 


たしかにそうだった。

 

 

 


俺は特別に手話を

習った覚えはない。

 

 

 


じゃあ、なぜ・・・

 

 

 


「君の父親は

 僕にこう言ったんだ。

 

 


 【声と同じように

  僕が手話を使えば
 
  この子は普通の

  生活を送れますか?】

 

 


 驚いたよ。

 

 


 確かにそうすればその子は

 声と同じように手話を

 使えるようになるだろう。

 

 

 

 小さい頃からの聴覚障害は

 それだけで知能発達の

 障害になり得る。

 

 


 だが、声と同じように手話が

 使えるのなら、

 もしかしたら・・・・

 

 

 


 でもそれは決して

 簡単なことじゃない。

 

 

 

 その為には今から

 両親が手話を普通に

 使えるように

 ならなきゃいけない。

 

 

 


 健常者が手話を

 普通の会話並みに

 使えるようになるのに

 数年かかる。

 

 

 

 全てを投げ捨てて

 手話の勉強に

 専念したとしても

 とても間に合わない。

 

 

 

 不可能だ。

 僕はそう伝えた。
 

 

 


 その無謀な挑戦の結果は

 君が一番

 よく知っているはずだ。

 

 

 


 君の父親はね、

 何よりも君の幸せを

 願っているんだよ。

 

 

 

 だから死にたいなんて

 言っちゃ駄目だ。」

 

 

 


聞きながら

涙が止まらなかった。

 

 

 


父さんはそのとき

していた仕事を捨てて

俺の為に手話を勉強したのだ。

 

 

 


俺はそんなこと知らずに

大した収入もない父親を

馬鹿にしたこともある。

 

 

 


俺が間違っていた。

 

 

 


父さんは誰よりも

俺の苦しみを知っていた。

 

 

 

誰よりも

俺の悲しみを知っていた。

 

 

 

そして、

父さんに暴力をふるった

自分自身を憎んだ。

 

 

 


なんて

馬鹿な事をしたのだろう。

あの人は俺の親なんだ。

 

 

 


幸せになろう。

そう心に決めた。

 

 

 

今、俺は手話を

教える仕事をしている。

 

 

 


そして春には

結婚も決まった。

 

 

 


俺の気持ちを

理解してくれた上で

愛してくれる最高の人だ。

 

 

 


父さんに紹介すると


「母さんに報告しなきゃな」

 

と言って父さんが笑った。

 

 

 


でも遺影に向かい

線香を上げる

父さんの肩が震えていた。

 

 

 


そして、

遺影を見たまま話し始めた。

 

 

 


俺の障害は

先天的なものではなく

事故によるものだったらしい。

 

 

 


俺を連れて

歩いていた両親に

居眠り運転の車が

突っ込んだそうだ。

 

 

 


運よく父さんは

軽症ですんだが

母さんと俺は

ひどい状態だった。

 

 

 


俺は何とか

一命を取り留めたが

母さんは回復せず

死んでしまったらしい。

 

 

 


母さんは死ぬ間際に

父さんに遺言を残した。

 

 

「私の分までこの子を

 幸せにしてあげてね」

 

 

 

父さんは強くうなずいて、

約束した。

 

 

 


でもしばらくして

俺に異常が見つかった。

 

 

 


「あせったよ。

 お前が普通の人生を

 歩めないんじゃないか、

 ってなあ。

 

 でもこれでようやく

 約束はたせたかなあ。

 なあ・・・・母さん」

 

 

 


最後は手話だはなく

上を向きながら

呟くように語っていた。

 

 

 


でも俺には

なんて言っているか

伝わってきた。

 

 

 


俺は泣きながら

父さんに向かって

手話ではなく

声で言った。

 

 

「ありがとうございました。」

 

 

 


俺は耳が聞こえないから

ちゃんと言えたかわからない。

 

 

 


でも父さんは肩を

大きく揺らしながら

何度もうなずいていた。

 

 

 


父さん、天国の母さん、

そして先生。

 

 

 

ありがとう。

 

 

 


俺、いま幸せだよ。

 

_________

 

 

これは、その方に

 

 

『ヒロさんは、

 この文章の

 【先生】のような

 人ですね』

 

 

とご紹介いただいたものです。

 

 

 

 

いえまだまだです…と

恐縮しながら、

 

 

 

 

でも正にこの先生の姿こそ、

私の目指している

一つの理想の姿であることにも

気づかせて頂きました。

 

 

 

あなたは、大丈夫だ。

どんなことがあっても。

あなたには価値があり、

あなたは素晴らしい存在なんだ。

 

 

 

 

そんなメッセージを

今日もめいいっぱい、

言葉で、態度で

伝えて生きていきます。

 

 

 

 

◯◯◯さんは、

大丈夫。

 

 

◯◯◯さんは、

かけがえのない、

素晴らしい存在です。

 

 

 

 

今日も輝いて(^^♪

 

 

いってらっしゃい。